地下工事で厄介なのが漏水だ。コンクリート壁の背面にたまった水が、ひび割れやジャンカなどの欠陥部分から流れ出る。 このため、修復するごとに新たな漏水が発生し、壁一面の修復を迫られることさえある。筆者の目に漏水は、 「躯体が流す“涙”」と映る。
 地下室の漏水は、壁の背面にある水が、ひび割れやジャンカなど、壁の欠陥を突いて現れる。 このため、最初の漏水個所を止めると、次に水が流れやすい欠陥に漏水が現れる。漏水が欠陥を次々 と暴き出すのである。つまり、すべての欠陥を直さないと止水工事は完了しない。  筆者は、止水工事を防水工事とは異なる工事だと考えている。防水工事は、躯体の表面に防水層をつくり、 水をためるようにして浸入を防ぐのが主な目的だ。一方、止水工事は、漏水を引き起こす欠陥部分に注入材 を流し込んで、水を止める。つまり、躯体に欠陥がある時にだけ登場する、いわばお助けマンのような工種 なのである。
設計者や監理者が躯体を見る

 下の写真は、都心部に建つ大規模複合ビルの地下駐車場で漏水が発生した例だ。 漏水は、逆打ち工法の打ち継ぎ部に集中していた。 建設会社は、数社から相見積もりをとった。 [当社は、確実に漏水を止める背面注入工法(工法の説明は下図参照)を提案した。建設会社は、コスト面などを理由にウレタン注入を提案した別の工事会社に発注した。
 しかし、ウレタン注入では完全に止めることができず、漏水個所に導水管を埋め込んで排水する導水管工法を採用して、ひとまず決着を見た。ところが、建設会社の内部から、「将来、導水管が石灰成分によって詰まると漏水が再発する可能性がある」との声が出て、抜本的な再対策を当社に求めてきたのである。

漏水は次々と欠陥部分に発生する。写真1と2は、コンクリート壁のジャンカに発生した漏水を止めた後、 左隣の欠陥部分から漏水が発生した例だ。写真3と4は、当初、漏水していなかった打ち継ぎ部から、 周囲を修復したことで漏水が発生した例だ(写真:サイトー工業)
大型複合ビルの地下駐車場に発生した漏水。逆打ち工法の打ち継ぎ部を中心に漏水が発生した 水平打ち継ぎ部と鉛直打ち継ぎ部の取り合い部分。どちらも漏水が発生していた 鉛直打ち継ぎ部には、施工時にコンクリートをせき止める金属製のラス網が見える
地下水を利用する背面注入工法
 漏水の主な修復方法には、(1)表面防水材塗布工法(2)漏水個所Vカット止水材埋め込み工法(3)導水管工法(4)漏水個所注入工法(5)背面注入工法などがある (下図参照)。筆者がこの現場で採用したのは、(5)の背面注入工法だった。
 背面注入工法は、注入個所と漏水個所にドリルで穴を開け、 足踏みポンプで注入材をコンクリート躯体の裏側に送り込む。注入材がひび割れを通ってコックから流れ出たところで、コックを止めて硬化させる。 コンクリートの中のアルカリ成分と注入材が反応して、硬化するのである。
 ここでは、まず導水管を撤去した。導水管を埋設していたのは、水平打ち継ぎ部だった。打ち継ぎ部から上は、あまり漏水がない。 最初、部屋の奥側で漏水がひどく、入り口側ではほとんど漏水がなかった。ところが、漏水を止めていくと、打ち継ぎ部で次々に漏水が発生。 新たな漏水個所を順々にふさいでいった。躯体の出来の良し悪しで、その後の止水工事がどれだけ必要かが変わるのである。
 元の躯体のJV工事には、数社の建設会社がかかわっており、鉄筋工事はA社、型枠工事はB社、コンクリート打設工事はC社という役割分担だった。 このため原因究明や責任範囲があいまいになり、あまり踏み込んだ追及ができないような雰囲気があった。責任範囲が不明確になるようだと、 JVも考えものだ。地下工事まではJVであろうと1社で工事をすべきだと感じた。
鉄との接点からの漏水に注意
 主な漏水の原因は、事例で見たような(1)打ち継ぎ部のほかに、(2)ひび割れやジャンカ (3)セパレーター(4)コンクリートと鉄の接している部分などがある。
 (1)打ち継ぎ部は貫通している場合がほとんどで、事例のように背面注入工法で修復する。
 (2)ひび割れやジャンカからの漏水は、最も多い漏水の原因の一つだ。壁を貫通している場合は 漏水経路を特定することは容易だ。難しいのは、鉄筋の下にできる空げきが通り道となって水が コンクリート内部を移動し、貫通していないひび割れやジャンカから漏水する場合だ。このような場合も 、背面注入工法なら修復可能だ。
 (3)セパレーターからの漏水は、十分な養生期間をおかずに型枠を脱型したため、脱型時の振動で セパレーターの周辺に水の通るすき間ができたと考えられる。防止策は、養生期間の確保と、 止水ゴム付きセパレーターの採用である。
 (4)鉄部とコンクリートの接点からの漏水もしばしば見かける。コンクリートの収縮によって肌すきが生じて、 水の通り道となる。
1: 注入材を壁の背面に送り出す穴を開けるため、鉄筋探査機で鉄筋の位置を確認(左)。 別の工事会社が壁に埋め込んでいた導水管を掘り出す(右)。ここでは導水管として、 雨どいのような管を埋め込んでいた 3: 注入孔や空気抜きの穴にコックを取り付ける(左)。コックから地下水が流れ出す。 注入材(微粒子高炉スラグ材)を足踏みポンプで注入すると、コックから注入材が流れ出た(右)
2: 導水管は打ち継ぎ部のほぼ全面に埋設されていた(左)。 導水管を取り除いた後、注入材を壁の背面に送り出す穴や、 空気抜きの穴をドリルで開ける(右) 4: コックから注入材が流れ出した段階でコックを閉める。 注入材が躯体のアルカリ成分と反応して半日程度で硬化する(左)。コックを取り除き、 はつった個所を無収縮モルタルで埋めて工事完了(右)
1 床のひび割れから漏水
2 セパレーターからの漏水。躯体を貫通するセパレーターの周辺から水が浸入する
3 鉄部との取り合い部からの漏水。コンクリートの収縮によって肌すきが生じて漏水したようだ
先々の漏水に備える工法。ただし、コンクリートから漏水が発生すれば、防水塗布材に水がたまって膨れ上がる 漏水個所をVカットして圧縮強度の低い止水材で補修する。長期の止水性は低い。漏水している水量が少ないときに用いる
漏れる水の量が多い場合に導水管を埋め込んで、排水路まで水を導く。ただし、導水管の内部にコンクリートの石灰成分が付着して、導水性が低下し、漏水が再発する恐れがある 漏水個所に削孔穴を設けて、注入材を機械で打ち込む。アクリル樹脂やウレタン樹脂などが一般的だが、筆者は無機系セメント材や高炉スラグ材も用いる
躯体に穴を開け、コンクリート壁の背面に注入材を打ち込む。注入材が地下水の圧力で欠陥部分に浸入するので、躯体に無理な圧力をかけず、注入することができる。施工性の良い微粒子高炉スラグ材が適している
“涙”が止まった瞬間が至福の時
 漏水を引き起こすのは、コンクリート躯体にある欠陥だ。止水工事に携わっている筆者の目に漏水は、 コンクリート躯体が流す“涙”のように映る。漏水を引き起こすジャンカやひび割れといった欠陥が、 コンクリートにとって悲しみや痛みだと思えるからだ。
 “涙”を流している躯体にきちんと向き合い、原因をあれやこれやと思案しながら修復した結果、ぴたりと “涙(漏水)”が止まる。この瞬間こそが、止水屋にとって至福の時なのである。
 筆者は長年、微粒子高炉スラグ材を使った背面注入工法で漏水を止めてきている。この工法にこだわるのは、 躯体を痛めずに止水ができ、欠陥のある躯体を優しく包み込んで欠陥を治す工法だからだ。
 建築技術者の仕事は、良い躯体をつくり上げることだ。しかし、完ぺきな仕事はなかなかあり得ず、不幸にも漏水が発生することがある。 そんな時、まず、漏水を起こしている躯体と向き合って、原因や修復方法を考えることが大切だ。そして、筆者のような止水屋を躯体工事 のパートナーと位置づけてほしい。そうすれば、“涙”を流し続ける躯体にはならないと確信する。
 止水屋は、自分の後に工事に入る者はなく、我々が漏水を止めなければならない、と覚悟している。 「修復屋の後に、修復工事はなし」。