型枠を脱型した直後のコンクリートは、出来栄えの良否を雄弁に語る。みごとな出来栄えの時もあれば、 重大な欠陥を伝えるサインが刻まれていることもある。健全なコンクリート建物をつくるには、このサインを見逃さないことが重要だ。 コンクリート構造物の修復を手がける穂高工房のメンバーが、表面に現れたサインに潜む不具合について解説する。
 ちょっとした色違いから、明らかに異常な状況だと感じさせるジャンカのような状態まで、 色違いには様々な症状がある(写真1から3参照)。これらは、いずれも同じ現場で見つかった色違いだ。 一見すると、表面部分だけと判断して見落としがちな色違いもある。
 これらの色違い部分をはつったのが右ページ下段の写真だ。写真3の柱は、硬化不良部分を取り除くと1.5m近くコンクリートがなくなった(写真6)。 写真2については、柱の根元全面に硬化不良が見られ、はつっていくと柱の根元部分を全部撤去することになった
(写真5)。写真1でも、硬化不良が鉄筋にまで及んでいた(写真4)。写真1は、外見上はそれほどひどいとは感じなかったが、 これほどの硬化不良が隠されていたのである。
 写真1程度の色違いを見かけることは多い。つまり、表面的にはわずかな色違いであっても、恐ろしい不具合が隠れていることがある。 もちろん、すべての色違いにこうした硬化不良が隠れているということではない。だが、写真1や2のような色違いに写真4や5のような硬化不良が 隠れている可能性があるということを認識すべきだ。
 これらの色違いは、いずれも柱の根元付近に見られる点で共通している。実は、施工中に生じた同じ状況がこれらの不具合を引き起こしている。 原因は、型枠の中に雨水がたまった状態でコンクリートを打設したことだ。
ある建物の一階で柱の色違いが大量に発生した。写真1から3はその一例。これらの柱には程度の差はあるがコンクリートの硬化不良部分 が隠れていた。硬化不良部分を除去したのが下の写真である(写真:穂高工房)
表面の色違いが最も少ない写真1の柱でも、硬化不良は鉄筋まで及んでいた(写真4)。 写真2の柱でも、柱根元のコンクリート全体が硬化不良になっていた(写真5)。 写真3の柱では、硬化不良部分が高さ1.5mにも及んだ(写真6)。
柱一本分が硬化不良の不具合も
 型枠脱型後に異常を感じたゼネコンが生コン工場にクレームをつけた。 「生コンに原因があったのではないか」というのだ。生コン工場はセメント会社に相談。 筆者は、セメント会社の技術研究所から調査の依頼を受けて現場に出かけた。
 この現場では、建物の1階部分にある30本ほどの柱の内、20本近くに色違いが見られた。 ハンマーで軽くたたくと、骨材がぼろぼろとこぼれ落ちる個所もあった。
 ペーストと骨材が分離した状況を見た筆者は、「こんな生コンをポンプ車で圧送できるはずがない」と判断した。 不具合のひどい部分を見ると、骨材のまわりに付着したわずかなペーストでかろうじて固まっている状況だ。 こんなボソボソの生コンはスコップでも使わない限り型枠の中に投入できない。そもそも、 そのような生コンが現場に届いたらゼネコンが受け入れるはずがない。
 もしかして、「水の中に生コンを打設したのではないか」との疑いをもった。普通の生コンを水の中に打設すると、 骨材とペーストが分離してしまうからだ。ただ筆者自身、現場で組み立てた型枠に水がたまるということには半信半疑だった。
 工事監理者である意匠設計者は、「原因がわかるまで2階の打設はできない」と言う。そして、 「水によって分離したということは考えられるが、型枠に水がたまるというのは信じられない。 そのようなことが起こるかを現場で実験して確認しよう」と提案した(下写真を参照)。
多数の色違いが発生した現場で、原因を究明するために実験を行った。左の写真のように、一辺500mmの柱を想定した三つの実験体 を用意。それぞれスラブから25mm、200mm、500mmの高さに水抜き穴を設けた(右写真参照)。この型枠の中に水をまき、生コンを 打設した
水抜きの穴の高さに応じた色違いが発生した。(左から、25mm、200mm、500mmの高さに水抜きがあった)。水抜きの穴の高さが 25mmの実験体では根元のごく一部に色違いが発生。同200mmでは600mm、同500mmでは1mを超える色違いが発生した
現場での実験で色違いを再現
実験では、一辺500mmの柱を想定した型枠を3本分組み立て、水抜き穴の高さを変えた。 25mm、200mm、500mmである。この型枠内に、2階のスラブの位置から水をまき続ける。 最初は型枠とスラブのすき間や型枠相互のすき開から水が流れ出し、たまりそうになかった。 ところが半日以上、水をまいていると、ある時点から水がたまり始めた。 型枠の板そのものが膨張して、板と板のすき間を埋めたのだろう。
 水抜き穴の位置まで水をためた状態でコンクリートを打設した結果、それぞれに色違いが発生した。 水抜き穴の位置が25mmの実験体では、200mmくらいの高さまで色違いが生じた。わずか25mmの位置でも これだけの範囲に影響するのである。水抜き穴の位置が200mmの場合、高さ500mmまで生じた。 かなりひどい状況だ。そして水抜き穴の位置が500mmの実験体では、高さ1mを超えていた。 今回の現場では、2mを超える色違いもあり、高さ500mmを超す水がたまっていた可能性もある。
  • 骨材とペーストが分離する原因
単独柱では水の逃げ場がない
 教科書通りに型枠を組めば、型枠の一番下の部分に排水口を設けることになっており、 ここから水は流れ出る。だが、排水口をわざわざ設ける現場は少ない。しかも、筆者を含めて水がたまるほど、 型枠の施工精度が高いとは思っていなかった。
 実験の際、半日近く水をまいた後に水がたまり始めたことも、現場にとっては思い当たる節があった。 この現場は、台風に見舞われたため、打設の日程をずらした経緯があったのである。また、 型枠内には型枠を加工する際に発生したおがくずが残っていて、これがすき間に詰まった可能性がある。
 壁付き柱の場合は、少々水がたまっても分散されるし、スラブ上面の施工精度はそれほど高くないので 型枠との間にすき間ができて水は抜けてしまう。この現場の場合、多くが単独柱であり、 水の逃げ場がなかったため、これほどひどい不具合が発生したと思われる。
 こうしたいくつかの条件が重なって柱一本分丸ごとコンクリートを打ち替えなければならないような事態が生じたのである。
 筆者自身、この現場での経験があったから、色違いに注意を払うようになり、同じような硬化不良を見抜けた現場もある。 ただ、硬化不良がどこまでひどいかは、表面を見ただけではわからない。はつって健全な個所が出てきて初めて「ここまで不良個所があるの か」とわかるものだ。
 だが、一般的には、硬化不良部分がどれだけ深いかを判断することもなく、表面にモルタルを塗って終わり という現場が多いのではないだろうか。発注者に引き渡した後、ひび割れや漏水などが発生したとして現場に呼ばれる建物では、型枠をばらした時にわかっていたものを塗って隠した(つもりはないのだろうが)状態、あるいはそこまで悪質ではないにしても、それを異常と気付かなかった建物が多い。
 少しの違いにも注意を払い、おかしいなと感じたときは、ハンマーなどでたたいて確認してみることが 重要なのである。
修復と補修は別もの
 筆者ら穂高工房は、不具合部分を直すことを「補修」ではなく「修復」と呼んでいる。 補修は表面をつくろうもので、左官職人が豆板にモルタルを塗る作業を指す。これに対して修復は、 躯体を下地からきちんと直すことだと考えて区別している。
 修復で重要なことの一つは、脆弱部を完全に除去することだ。筆者は、職人に「自分がなめられる くらいにきれいにする」と説明する。脆弱部を除去して初めて一体となる。それでないといくら高い 材料を使っても意味がない。修復のテクニックというよりも、真心をもった作業をするというこだわ りをもつことが重要なのである。
 修復の手順は、まず電動ピックで硬化不良部分をはつり、タガネで浮いている骨材を落とす。 「浮いているものはいずれ落ちる」。これがわれわれ修復屋の常識だ。ブロアーで十分にホコリを落とす。 鉄筋をワイヤブラシで清掃して付着カを確保し、防錆剤を塗布する。次いで、コンクリートに吸水防止剤 (プライマー)を散布する。コンクリートが水を吸ってドライアウトするのを防ぐためだ。その後、型枠をセット。 コンクリートを打設できる十分広い個所には、無収縮コンクリートを打設する。狭くて打設できない個所は、 無収縮モルタルを庄入して一体化する。
 この修復の作業を見て、「特別なサポートもなくて、危ないのではないか」と思われるかもしれない。だが、 上の階にコンクリートを打設していないので大きな荷重はかからない。コンクリート打設時と同じ状況なのだか らサポートで大丈夫と判断した。こうして、20本くらいの柱を1カ月くらいかけて一本ずつ順番に修復していった。

柱の根元に生じたコンクリートの硬化不良部分を電動ピックではつり取る

既存コンクリートをはつった面に残るホコリをブロアーで落とす

コンクリートを打ち直す個所に型枠をセットする。打ち込み口を設けておく

はつった個所に残っている浮いた材をタガネで落とす

はつりとっために露出した鉄筋に防錆剤を塗布する

打ち直す個所のうち、広い個所には無収縮コンクリートを打ち込む

鉄筋の付着力を確保するため、ワイヤブラシで清掃する

コンクリートの付着面に吸水防止剤を散布してドライアウトを防止する

広い個所を打設した後、すぐに狭い個所の型枠をセットして無収縮モルタルを圧入する
脱型直後の“素”の躯体を見る
 この建物の柱は、ゼネコンや工事監理者が色違いに不審を感じて対応したので、しっかりした構造体に修復することができ、 事なきを得た。もし、こうした色違いが見過ごされていたら、大地震時に大きな被害をこうむっていたであろう。
 重要なのは、現場の躯体担当者だけでなく、工事監理者をはじめとする設計者が意識を持って、脱型直後の“素”の躯体を 見ることだ。そこには、建物の設計や施工の状況を物語る“サイン”が現れているはずだ。現実のコンクリート躯体に向き合う ことが大事なのである。そうすれば、不具合の実態を把握することができるし、不具合を生じさせないための対策に施工者とと もに取り組むことができる。われわれ修復屋は、こうした不具合が続く限り、黙々と躯体の修復に汗を流していきたいと思っている。
田中 宏之(たなか ひろゆき)
1959年生まれ。85年ごろから建築や土木の修復にかかわる。2000年にコンクリート工事の修復を主な業務とするタフ技研を設立(現在、代表取締役)。 01年、穂高工房の設立にかかわる。同社の取締役も兼務している